関係性がもたらすメディア選択
2004年07月07日 13:26 | com: 0 | tb: 1
現代社会には様々なメディアが登場しており、以前は限られた権力層に集中していたが、現在はインターネットの普及などによってパーソナルなものに近づきつつある。
今回は自分のメディア選択とコミュニケーション環境との関係について整理したいと思う。
まず自分の思いをメディアという媒体に載せて伝えたいときにどのような理由でメディアを選択しているのだろうか。
ここではオープン型(自ら情報を発信できる)のメディアについて述べることにし、クローズ型(マスメディアなど限られたものによる情報発信)のメディアは扱わないことにした。オープン型に関して、次に挙げる8つの項目が複雑に絡まって行動に繋がっていると考えた。
1、対象は誰か
2、対象と自分との関係
3、対象の生活習慣
4、伝えたいことの重要度
5、返答への期待度
6、伝わる速度
7、伝わる信頼度
8、金銭的な絡み
では、僕が利用している各メディアについての付き合い方を述べようと思う。
【e-mail】
ここではPCを介して送受信するメールのこととする。
e-mailを利用するとき、メーラーにはコミュニティで分けられたフォルダが多数存在することに気がつく。幾つにも階層化されたフォルダ構造を見ていると、いかに自分が複雑なコミュニティの中で生活しているのかが視覚的に分かる。また、一方的な配信ではあるがメールマガジンも登録してあり、事あるごとにフォルダを作成し整理する傾向が見られた。他の使用方法といえば個人宛での利用である。ただ、現段階でe-mailは情報を発信するよりは受信する頻度の方が高く、それは多数のMLに所属しているからと言える。またML向けの送信が多いことに気がついたのだが、e-mailは複数を相手にすることが多く、ケータイのようにピンポイントにコンタクトすることが少ない。
e-mailを選択する基準としては、内容の詰まった情報を伝えられること、時間帯を気にする必要がないこと、MLを利用すれば限られたコミュニティに対して情報を伝えられることが挙げられる。
【Instant Message】
ここではMSNメッセンジャーやICQなどのサービスのこととする。
僕はMSNメッセンジャーを主に使用している。サインインすると友人の誰がいるかを視覚的に判断でき、ステータス名での各人の主張や遊びを見ていると楽しい。特別な用事がないままに会話が始まってしまうことがあるが、僕はそういった関係を見直すべく最近はMSNメッセンジャーを起動しないように努めている。それは以前チャット会議に巻き込まれて煩わしい思いを抱いたからで、グループでの作業が円滑になる場合もあるが、今の段階で負の面が多いと判断したからだ。今までは自分のためではなく友人が話しかけてくる可能性があるとしてサインインしていたが、長年かかってやっと自ら利用しない権利を行使することができた。やはり経験上、MSNメッセンジャーで会議をするのは極力避けるべきという見解である。
Instant Messageを選択する基準としては、対象とほぼリアルタイムにやり取りが出来ること(PC前にいれば)、ファイル転送に信頼性があること(視覚的にダウンロードの割合が分かるため)が挙げられる。
【WEB日記】
WEB上で自身の思いを綴ったもので、基本的にコメントのつけられないものとする。
自分の日常生活を載せていくのだが、基本的に当たり障りのないものを書いていく。日常を記録すること、考え事をまとめること、承認欲が働くことなどが挙げられる。
【BBS】
WEB上に意見を公開し、コメントがつけられるようになっているものとする。
特定のテーマに沿ったBBSが設置されることもあるが、ほとんどが気楽な日常もの。匿名での投稿が許可されていることが多いためか、盛んに意見が交わされることもある。特定の人物間で盛り上がると別の人たちが参加しにくくなる傾向があり、WEB上で公開されているにも関わらずケータイメールのようなやり取りが繰り返される。blogと違うのは、誰もがスレッドを立てることが可能でテーマの設定が自由であるため、比較的参加しやすい雰囲気があることだ。個人のBBSには閉じられたコミュニティ向けのメッセージを、組織や団体のBBSには不特定多数へ向けたメッセージを送る傾向があるように思う。
BBSを選択する基準としては、MLの枠を超えた関係者を巻き込もうとする心理が働くこと、自分の興味分野で突っ込みを入れたいときが挙げられる。
【blog】
WEB上に思考を公開し、エントリーごとにコメントやトラックバックをつけることが出来るものとする。
特にトラックバック可能な部分が最近のメディアの中で革命的な機能として注目されている。blogは日記として利用されることが多いようだが、単なるWEB日記と違いトラックバックを送ることで他人のblogと思考を繋ぎ共有できる。つまり参照したblogとの関係性を視覚的に確認できることが新たなコミュニケーションを生み出しているのだ。これまでマスメディアに頼っていた情報を様々な角度から眺めるチャンスが増えたことは、メディアがパーソナル化している証拠といえる。
blogを選択する基準としては、自らの思考をblogとして集めることによって視覚化し整理できること、他人からのコメントやトラックバックを無意識のうちに期待していることが挙げられる。
【ケータイ通話】
ケータイで電話をかけることとする。
ケータイに電話をかけるとき、僕たちは電話口の向こう側から聞こえる声を想像している。ケータイに電話をかける行為は既に相手が特定されており、一般電話とは異なった意識が働いている。よって名前を名乗る必要もなく「もしもし、何か用?」といきなり先手を取ることもできる。また、「今お電話大丈夫でしょうか?」と相手を気遣う言葉も登場して、奇妙な状況が生まれている。(電話に出るのだから基本的には大丈夫なのだが、社会的に不都合な電車内などでの通話を予想しているため起こるのだろう)
ケータイ通話を選択する基準としては、要件を伝えるのが早いこと、言葉だけよりも気持ちを察することができること(息づかいや間の取り方など)が挙げられる。
【ケータイメール】
ケータイを介したメールのこととする。
他愛もない会話をしたり要件を伝えるときに使われるが、電話よりも気軽に扱うことができる。ケータイにもMLを利用することがあり、バイトの欠員補充のためのケータイMLでは急な用事などで交代してほしいときに効果を発揮するが、世間話が始まってしまうとその度に着信する面倒さにイライラすることもある。
ケータイメールを選択する基準としては、特別気をつかうこともなく要件を伝えることが可能なこと、ある程度素早い返事を期待できることが挙げられる。
以上のように例を出してみると、いくつものメディアを生活の中で使いわけていることが分かる。ここで重要なのは、自分は様々なシーンで最適なメディアを選択しているつもりだが相手はどのような気持ちで受け取るかは分からないという前提だろう。僕は要件を伝えるとき、自分の都合と同時に対象の都合も考えてメディアを選択する。対象は誰で、自分との関係はどのようなものか、対象の生活習慣などを先回りして予測することがマナーだと思っている。だから電話に出なかった場合、単に相手が気づいていないのではと考えるのと、電話に出られない状況であることを想定して、一応メールで要件を伝えることもある。
やはり自分と他者との関係性を抜きには語れないテーマであり、アプローチ方法も様々であるが、僕はメディアの特性こそあれ、それぞれに優劣はないと考えている。大切な要件はメールよりも電話をかけるべきという論があるが、価値観を作り出したのは社会であり絶対的なものでもないので従う必要はないだろう。ただし他者との関係性を無視することも出来ないため、個人のセンスが光るところであるとともに、上手く使い分けることができれば良好な関係を築くことができるといえる。
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